動画の感動を自分の卓で再現しようとして起きる悩み
TRPGの動画や配信を観て「このシナリオを自分でも遊んでみたい」「友人たちに体験してほしい」と思い、初めてゲームマスター(クトゥルフ神話TRPGではキーパー、以下GM)に挑戦する方は少なくありません。
魅力的なロールプレイや劇的なダイス目、練り込まれた演出に心を動かされ、自分もセッションを主催してみたいと考えるのはとても自然な流れです。しかし、いざ自分が進行役となってセッションを始めると、次のような壁にぶつかることがあります。
- プレイヤーが動画とまったく違う行動を取り、どう対応してよいか分からなくなる
- 動画で見た「劇的な名シーン」を再現しようとして、無意識にプレイヤーの選択を誘導してしまう
- 動画独自のハウスルールや脚色と、シナリオ本来の記述の区別がつかなくなる
リプレイ動画は、編集や事前の打ち合わせ、あるいは特定のプレイヤー同士の偶然によって生まれた「一つの記録」です。動画の記憶を持ったままGMを担当するときは、動画の内容をそのままなぞるのではなく、シナリオの骨組みを捉え直す準備が必要になります。
準備の第一歩:動画の記憶とシナリオ本文を切り離す
お気に入りの動画があるシナリオを回す場合、最初にすべき作業は「動画の展開」と「シナリオテキスト」の仕分けです。
動画として公開されているセッションの多くは、テンポを良くするためのカットや、登場人物の設定に合わせた改変、独自の演出が加えられています。動画の印象だけでセッションの準備を進めてしまうと、本来のシナリオに書かれていない情報を前提にして進行してしまう危険があります。
原作シナリオを客観的に読み直す
まずは手元にシナリオを用意し、動画の記憶を一度脇に置いて最初から最後まで目を通します。その際、以下の点に注目して付箋やメモを残しておくと整理しやすくなります。
- 公式ルールで処理すべき箇所と、動画独自の解釈の違い 判定の回数やスキルの適用範囲など、動画内では盛り上げるために特別な裁定が下されていた可能性があります。本来のルールブックとシナリオの指定を確かめます。
- シナリオクリアに必要な必須情報(動線)の確認 どの部屋で何を見つければ次の場面へ進めるのか、論理的な繋がりを把握します。動画の登場人物がひらめきで解決していた部分も、シナリオ上は別の手がかりが用意されていることがよくあります。
- NPCの本来の性格と役割の確認 動画のNPCは、プレイヤーキャラクターとの関係性によって普段と違う態度を取っていたかもしれません。シナリオに記載されているNPCの動機や目的、初期の態度を把握し直します。
進行中の落とし穴:「見せ場」を押し付けない意識
動画を観て感銘を受けたGMが最も陥りやすいのが、動画にあった「名場面」の再現を狙ってしまうことです。
たとえば、NPCとの感動的な別れのシーンや、特定の場所での緊迫したやり取りなど、動画で盛り上がったポイントをそのまま自分の卓でも起こそうとすると、プレイヤーの行動を不自然に制限することに繋がります。
プレイヤーは動画の演者ではなく「最初の探索者」
卓に集まった参加者たちは、台本をなぞるために参加しているわけではありません。自分自身のキャラクターとして世界を探索し、自分の判断で決断を下すために座っています。
GMが「ここは泣く場面だから」「ここは逃げずに立ち向かう場面だから」と意図した方向へ誘導しようとすると、プレイヤーは操り人形のように感じてしまい、セッションへの没入感が薄れてしまいます。
目の前にいるプレイヤーキャラクターが、動画とは真逆のドライな選択をしたり、予想もしない抜け道を提案したりしたときは、それを歓迎する姿勢が大切です。動画の再現ではなく、「このメンバーだからこそ生まれる物語」を受け止める心の余白を持っておきましょう。
現場で役立つ具体的な3つの実践アプローチ
動画の記憶を強みに変えつつ、自由度の高いセッションを実現するための実践的なアプローチを3つ紹介します。
1. 描写を「情景」と「感情」に分解する
動画で印象に残った描写を取り入れること自体は悪いことではありません。ただし、取り入れるのは「情景(風景や出来事)」に留め、「感情」はプレイヤーに委ねます。
- 避けたほうがよい描写の例 「不気味な足音が近づいてきて、あなたたちは恐怖で動けなくなります」
- 推奨される描写の例 「冷え切った廊下の奥から、湿った足音がゆっくりと近づいてきます。あなたたちはどうしますか?」
感情や反応をGM側で決めつけず、状況だけを丁寧に手渡して「どうするか」を問いかけることで、プレイヤー自身の主体的なロールプレイを引き出せます。
2. ルール運用のすり合わせを事前に行う
動画でよく見られる「ダイスのスペシャル・ファンブルによる劇的なボーナスやペナルティ」「独自の一時的狂気表」などは、公式の基本ルールとは異なるハウスルールである場合があります。
セッション前の導入(いわゆる0話ミーティングや募集要項)の段階で、今回の卓で採用するルールを明確に伝えておきます。
- クリティカルやファンブルの処理はどうするか
- 戦闘時の行動順や回避の回数制限はどう扱うか
- 持ち物の持ち込み制限や技能値の上限はあるか
事前にすり合わせておくことで、「動画ではこうなっていたのに」という参加者側の混乱や、GM自身の裁定の迷いを未然に防ぐことができます。
3. 想定外のルートを認める準備をしておく
動画の展開を知っていると、プレイヤーが正規ルートから外れそうになったときに焦りを感じがちです。しかし、TRPGの醍醐味は想定外のハプニングにあります。
シナリオの根幹となる謎や黒幕の目的さえ崩れなければ、情報収集の手順が前後したり、NPCとの出会い方が変わったりしても物語は成立します。「動画と同じ結末」を目指すのではなく、「シナリオの条件を満たしたうえで、この卓が迎えた固有の結末」を肯定してください。
動画鑑賞者から物語の紡ぎ手へ
リプレイ動画を通じてシナリオの魅力を知っていることは、GMにとって大きな強みでもあります。作品の世界観や全体のテンポ感をあらかじめイメージできているため、NPCの台詞回しや場面転換のタイミングを掴みやすいという利点があります。
大切なのは、動画を「正解の台本」として扱うのではなく、膨大な可能性の中の「ひとつの実例」として捉えることです。
画面の向こう側の物語を見届けたあなたが、今度は自分の卓でサイコロを振る仲間たちとともに、世界に一つしかない新しい物語を立ち上げていく楽しさをぜひ味わってみてください。
